天童将棋祭り 三浦九段登場

伊丹空港から飛行機で山形県の天童市に出かけて、4月23日(日)の将棋祭りを観戦しました。三浦九段と、山形(酒田市)出身の阿部健治郎七段とが対戦し、藤井猛九段(元竜王)が解説、聞き手は室谷由紀女流二段と中村桃子女流初段、という、満開の桜の中での華やかなイベントでした。

前日の女流対局の模様を伝える山形新聞4月23日朝刊

昨年の冤罪事件で三浦九段は、師匠の西村一義九段が「自殺するのではないか」と心配したほど精神的苦痛を受けていました。その西村一門が、長兄弟子の藤井九段、次兄弟子の三浦九段、末弟弟子の阿部七段と、3人総出のイベントでしたので、ぜひ会場に行って観覧席から一声、「三浦がんばれ」と声援しようと思って出かけたのでした。三浦九段は、先日復帰後初勝利を挙げたこともあって、リラックスしてイベントを楽しんでいました。

これは朝の9時半ころの会場です。イベントは10時半からなのにもう超満員です。前列にいる女の子たちが将棋を観戦するとは思えないのですが、会場は女の子たちがぎっしりでした。

なぜかというと、日曜日には今上映中の映画「3月のライオン」で主役の将棋棋士を演じている神木隆之介君がゲストで登場するからです。朝、行ってみて、これは到底座れないし、女の子たちは午前中の神木君のトークショーが終わったら帰るだろうから、将棋が始まる頃に出直すことにして、公園の山を下りて、広重美術館を見学しました。江戸時代に天童藩が財政難の時、江戸の浮世絵師の安藤広重に絵を描いてもらって、財政支援をしてくれた人にプレゼントしたということがあり、天童と広重は縁があるのです。

美術館を見学して、近くの「水車生そば」というおそば屋さんでTVの「県民ショー」で紹介されていた「鳥中華」を食べて、再び山を登り始めると、向こうから女の子や家族連れがどんどん下山して来ました。神木君のショーが終わったようです。

幸い、前の方の段に少しスペースがあったので、そこに座って観戦です。

いよいよ出演者の登場です。左から藤井九段、室谷女流二段、三浦九段、阿部七段、中村女流初段です。

藤井九段は「三浦君、久しぶりだね、何かあったの?」と軽くジョークを飛ばしていました。また、阿部七段が「戦型は居飛車振り飛車対向型がファンも面白いですよね」と言って勝手に戦型を決めてしまいました。

人間将棋の布陣が終わって、先後を決める振り駒に、何と神木君が登場しました。隣は映画監督の大友啓史さんです。神木君が午後も残ることは会場には内緒だったようで、女の子たちは帰ってしまい将棋ファンだけが残ったわけです。

神木君が駒を振って阿部七段が先手となりました。これは初めから決まっていて、振り駒は「歩が3枚以上出たら○○さんが先手」と宣言してからやるわけですが、その宣言なしでただ駒を振って、「と金が3枚出ましたので阿部七段が先手です」ということでしたから、神木君はちゃんと振ったのですが、先後は初めから決まっていたわけです。

そして藤井九段の軽妙な解説で戦いは進んで行きました。人間将棋の約束ごとの一つは、全ての駒を動かすことだそうです。衣装を着こんでわざわざ出演した人間駒が、一つも動かずに対局が終わっては可哀想だし失礼だからです。 そして藤井九段の誘導というか強制で、戦型は阿部七段の居飛車、三浦九段の「本当はやりたくないんだけど・・・」とマイクでぶつくさ言いながらの振り飛車になり、さらに藤井九段の無理強いで三浦九段は「藤井システム」にさせられました。

対局者と解説者がマイクでしゃべりながらやるのでなかなか面白い掛け合いがありました。「6六角ですか、これどういう意味?」と藤井九段が言うと、阿部七段が「次に5七角とするんですよ」と答えて、室谷女流が「次の手を教えてくれたらわかりやすいですね」と笑っていました。天童観光大使の天童出身の劇団ワハハ本舗座長だった佐藤正宏さんが出てきて、「三浦さん、体が揺れてますね、どうしたんですか?トイレですか?トイレはすぐ後ろですからね、遠慮しないで行ってくださいね」 ときわどいジョーク(三浦九段の冤罪にはトイレの離席が多いという言いがかりがあった)を飛ばして、三浦九段が困って「ボクはアドリブに弱いんですよ」などと返事をしていました。

勝負は7七桂打ちの詰み上がりまで指して三浦九段の勝ちとなりました。勝負も三浦勝ちと決まっていたようです。

7七桂打ちまで

終わって阿部七段があいさつして「今日は三浦さんにしゃべってもらおうと、ボクはあまりしゃべらないようにしました。 三浦さんは、しゃべると結構面白いんですよ。きょうは皆さんに三浦九段の元気な姿をお見せしたいと思いました」ということでした。天童市が主宰ですが、西村一門の末弟弟子の山形出身の阿部七段が企画し、長兄弟子の藤井九段が監修した、次兄弟子の三浦九段を励ます会のような風情でした。最後は餅まきでした。

阿部七段は、「インターネットの発達で、東京にいなければ不利ということもなくなったので、山形に拠点を移すつもりです」と言っていました。これからのプロ棋士のあり方として、地元に拠点をおくことは良いことだと思います。

「3月のライオン」はまだ見ていませんが、山形でロケをしたそうです。最後の対局シーンは、芭蕉の句「静けさや岩にしみ入る蝉の声」で有名な立石寺の、階段を千段上った奥の院で撮影されたそうです。

上の写真は奥の院の「大正天皇が皇太子時代に行啓した時の休息所」です。正面の写真は大正天皇です。ここでロケが行われました。もちろん撮影時には写真ははずされたそうです。

千段上った奥の院からの景色

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