第2章

核発電がダメな7つの理由

経済的にペイしていない
核発電がダメな第一の理由は、安全性うんぬんの前に、経済的にペイしていないことです。つまり採算が合っていません。やればやるほど損をします。やればやるほど損をするものなど、自由経済の中では経済的な行為として存在することはできません。つまり誰もやりません。誰もやらないものの安全性など、考える必要もありません。核発電の是非についてはこれまで、とかく安全性が問題になっていましたが、第一に考慮すべき点は経済性であり、経済的に成立するとなって初めて、では安全性はどうかという議論になります。そして実際は、核発電はコストが安いという政府や電力会社の発表は大ウソなのです。

エネルギー白書のウソ
上のグラフは経産省が2010年に発表したエネルギー白書の中の「発電コスト」のグラフです。核発電のコストは1kwh当たり5~6円で、他の方法よりかなり安くなっています。
しかしこれがまったくのウソなのです。
立命館大学の大島堅一教授の最新の検証では、核発電のコストは倍の12円以上になっています。教授は、核発電のコストを算出するには、核発電に関して国民が負担している金額を全部合計すべきだと言っています。まったく当然です。しかし政府はそうはせずに、あれやこれやを除外して計算しています。
政府のコスト計算には、莫大な研究開発費や立地対策の費用などの国費が含まれていません。また、核発電の稼働率を80%として計算していますが、実際の稼働率はせいぜい60%で、その差だけでも計算は4分の3になってしまいます。さらに、核発電は簡単に停止できないため、必要もないのに夜通し運転されますが、その夜間の余剰電力をさばく(電気は余ったままにしておけません)ためにポンプで水を山の上に上げて(揚水)いますが、その費用が含まれていません。これらを含めると「原子力+揚水」は12円以上になります。
ほかにも、NHKの討論番組でNPO法人「環境エネルギー政策研究所」の飯田哲也氏が指摘していましたが、このグラフの太陽光発電の49円という値は、なんと10年前のデータなのだそうです。
このように経産省のエネルギー白書は恣意的でデタラメです。もし福島の事故がなかったら、国民はこれから10年でも20年でもだまされ続けていたでしょう。なぜそんなウソをつくのか。核発電はウソをつかないと推進できないからです。

電力会社自身の申請は平均15円/kwh
上の写真は2011年4月22日に行われた、ソフトバンク社長の孫正義さんのプレゼンテーションで、孫さんが示しているグラフは、電力会社が核発電所の建設を申請する時に、経産省に提出した申請書に記載した発電コストの集計です。1980年頃の申請に7円くらいというデータが1つありますが、あとは全部10円以上で、平均して15円くらいになっています。

事故保険に加入していない
通常の経済活動では誰でも万一のために保険に入ります。自動車を運転する人は誰でも自賠責に加入します。石炭や石油の火力発電所も事故に備えて保険に入っています。
しかし核発電は事故が起きたときの保険に加入していません。いったん事故が起きると賠償金が莫大で、保険会社が引き受けられないのです。ですから、今から50年前に政府が国策で核発電を推し進めたとき、電力会社は、保険に入れないので一発の事故で会社がつぶれてしまう、といやがりました。そこで政府はあくまで国策を推進するために、事故が起きたら政府が補償する、保険に入らなくて良いと電力会社に保証したのです。しかし事故で被害にあうのは国民で、政府の金は国民の金ですから、何の理屈にもなっていません。事故の賠償費用は当然発電コストに含まれるべきです。ふつうに保険に加入して、保険料を電力料金に加算すべきです。
ある証券会社の試算では、福島の賠償額は48兆円くらいになるということです。これを東電だけで負担する(それが筋ですが)と、1kwh当たり20円以上になります。すべての電力会社で分担すると8円/kwhの負担になります。実際は損害額はもっと巨額です。福島の除染だけでも百兆円はかかると言われています。そんなお金はどこにもありません。つまり、事故のリスクを考えれば核発電など初めからできるはずもないことなのです。だからそもそも保険がきかないのです。
廃棄物処理費が未計上
次に、核燃料廃棄物の処理のコストがまだ計上できていません。どのくらいの費用がかかるか「分からない」というのが本当のところで、技術的に可能かどうかさえまだはっきりしていません。仮に廃棄できたとして、7円/kwhくらいかかるのではないかという説もあります。以上を合計すると、核発電のコストは15円+8円+7円=30円/kwhくらいになります。これでは火力や水力とまったく競争できません。話にならないのです。

総括原価方式が悪用されている
コストの高い発電法がまかり通るのは、「総括原価方式」という、電力会社の経営を安定させるための電力料金の決め方があるためです。
この方式では設備費や人件費などの原価合計に定率の利益を乗せて電気料金が決められます。ですから原価が高いほど電気料金を高く設定できて電力会社の利益が増えるという、奇妙な仕組みなのです。そこで電力会社は原価の高い核発電を多用し、高い設備を作り、社員に高い給料を払い、それらをすべてコストとして利益を増やしています。その利益はさまざまな形で政官学界に還流されています。そもそも国策を民営でやるという方式が間違いです。国策で民営で独占という仕組みが無責任と癒着と利権の温床になっています。
また、核発電が止まると、新たに天然ガスや石油などを買うのに3兆円も赤字になるという話があって、核発電をやめると電気代が高くなるかのような印象がふりまかれていますが、これも世論操作です。核発電の設備や燃料にすでに投資した上で、それを使わずに、別途ガスや石油を買えば二重投資になりますから、その分一時的に出費が増えるのは当然です。

安全神話は崩壊した
核発電は四重にも五重にも防護があって、絶対に安全だと核発電の関係者は言い続けてきました。しかしそれは彼らの勝手な「想定」での話で、「想定外」ではまったく安全でないことを多くの人が警告してきました。しかし経産省も保安院も安全委員会も電力会社も、そういう警告をすべて無視してきました。 たとえば、全ての電源を喪失したらどうなるのか?という当然の心配に対する彼らの回答は「全電源喪失はない」というものでした。それでは答えになっていませんから、さらに追及すると原子力安全委員長は「そんなことまで考えていたら核発電はできない。どこかで見切りをつけるのだ」と静岡地裁で証言しました。これでは「安全委員長」ではなく「推進委員長」です。そして驚いたことに裁判所は、安全委員長のその考えを肯定して住民の訴えを退けました。保安院は保安院で、安全規制どころか、電力会社のお先棒をかついで住民公聴会などで「賛成のやらせ」の手配をしていました。
そのあげくの事故です。やっていることがデタラメに過ぎます。

3号炉からキノコ雲
これは3号炉の爆発の様子です。まず火を吹いて強い光が出て、それから急激に黒い巨大な噴煙が立ち上りました。
1号炉の水素爆発(写真左)と比べれば、3号炉の爆発の様子は明らかに違います。1号炉は建屋内にたまった水素が、酸素と化合して爆発したもので、水素と酸素の化合という、原子のレベルの反応なのでエネルギーの放出もそれほど多くはなく、白い雲が横に這うように膨張しています。しかし3号炉では、まず強い発光現象がありました。次いで黒い煙が垂直に8秒間で500m以上も急上昇しています(建屋高さが46m)。
これは原爆に似ています。原爆は、まず強い発光があり、次いで核の内部から放出される強烈な核反応エネルギーによって周囲の空気が強烈に熱せられて火の玉となり、周辺の可燃物を燃焼させ、周囲の空気を吸い込みながら急上昇して真っ黒なキノコ雲が出来ます。
それと似た現象が核燃料満載の3号炉で起きたのです。大きな重量物が二つ、吹き上げられて落下してきているのが見えます。相当な爆発力です。東電は1号炉も3号炉も同じ水素爆発だと言っていますが、とうてい同じには見えません。

核爆発ではないか
アメリカの核発電技術者で70基以上の核発電所を建設してきたグンダーセン氏は、3号炉では核爆発が起きたのではないかと推論しています。3号炉では炉内から漏洩した水素で水素爆発が起きて、その衝撃で原子炉建屋の上部にあるプールに並べてあった使用済み核燃料の一部が圧縮されて密度が高まり、臨界に達して連鎖反応が急激に起きたのではないかということです。このときまでに3号炉内の核燃料は溶け落ちていた(メルトダウン)と東電は発表していますが、プールの中でも部分的に核燃料が損傷していたのではないでしょうか。また、3号炉では2010年からプルトニウム燃料を多く混合した運転(プルサーマル運転)が始まっていますが、そのことも連鎖反応が起きやすくなった原因になったのかも知れません。
ここまで説明してきたように、原子のレベルと核のレベルでは、放出されるエネルギーはケタが違います。写真①は水素爆発後の1号炉の建屋で、壁は吹き抜けましたが支柱はまっすぐ立っています。写真②は爆発後の3号炉です。建屋の鉄製の支柱がグニャグニャになっており、鉄が相当な高温にさらされたことが分かります。両方とも水素爆発だという東電や政府の説明は納得できるものではありません。

大規模な汚染
右側の図は、群馬大学の早川由紀夫氏がインターネットで公開している2011年9月現在の放射能汚染図です。大量の放射性物質が放出され、風に運ばれて東北から関東の大地に降り注ぎました。そのほとんどは、3月12日から15日にかけての爆発や火災によるものだと思われます。この汚染の状況からも、爆発が単なる建屋の水素爆発だけではなかったことが読み取れます。
左側の写真は、2011年4月7日に東京の杉並区のビルの屋上で、フロアーの上に白い粉が積もっていて、メーターが毎時6.39マイクロシーベルトを示したものです。インターネットで動画で報告されていたものです。年間では8760時間をかけて56ミリシーベルトになります。東京でも避難区域以上の線量になっていたわけです。
事故から半年たった2011年の10月になっても、東京や横浜で放射線量の高いホットスポットが発見されたり、屋上でストロンチウムが見つかったりしています。自治会などで自主的に測定器を持って周囲をチェックした方がよいでしょう。

地震列島・日本
日本の核発電には日本独自の危険性が二つあります。
まず第一は日本が地震国であることです。上の図は2011年の3月から4月にかけての1ヶ月間の地震の発生の様子です。たった1ヶ月で日本列島が隠れるほどに地震が起きています。もし将来世界政府が出来て、世界全体で核発電のことを検討したとしたら、世界中どこに作るにしても日本だけは作ってはいけないとなるでしょう。日本はそういう場所なのです。
そして日本の核発電は強い揺れには対応できないことが、あちこちで実例が出ています。今回の地震では福島第一だけでなく、福島第二核発電所も、日本原電の東海第二核発電所も、東北電力の青森東通核発電所も、津波ではなく地震の揺れで大きく損壊して、危機一髪の状況でした。 今回の福島第一も、津波でやられたと公式には発表されていますが、作業員らの証言では、地震の一撃で配管がやられて冷却水が噴き出して降り注いだとか、津波が来るまでの30分の間にすでに1号基と3号基の緊急冷却装置が作動しなくなっていたとか言われています。津波が来る前に現場作業員が一斉避難したのは、津波が来る前に何か不具合があったためでしょう。

揺れに耐えられない構造
上の数字は、左側が最近の地震の加速度(ガル)で、、右側が核発電設備の設計上のガル耐久値です。
自動車で追突されたりすると、急に突き動かされてガーンという衝撃がありますが、あれが加速度です。ちなみに地球が引っ張る加速度(重力加速度)は980ガルです。
上の表から日本の核発電設備が、この20年間に実際に起きた地震にまったく耐えられない設計であることが分かります。
核発電所の再稼働に際して、国際基準のストレステストを実施することになりましたが、どの発電所も、仮に想定の3倍まで耐える設計でも、テストに受かりそうにありません。

津波想定高さ たったの5m
上の数字は、左側が最近の地震での津波の高さで、、右側が核発電設備の津波想定高さです。話になりません。
福島では津波の想定高さを5mとしていますが、これは土木学会の福島地域での基準に合わせたそうですが、道路や橋はむやみに安全に作ってもコスト高になりますし、津波で壊れても作り直せばすみますが、核発電設備がそれと同じでよいわけがありません。
左上の写真は東電福島第一を海側から見たものです。波打ち際に無防備に立っていて、一目見て、これでは万全とは言えないでしょう。実はここは元は高い台地だったところで、東電はそれをわざわざ30mほど削って核発電所を作ったそうです。
若狭湾では津波はまったく想定されていないと言っていいほどですが、最近古文書の調査で若狭湾でも500年前に10mほどの津波があったことが分かりました。
政府は、定期点検の後に安全が確認された核発電設備は、住民の納得を得て再稼働すると言っていますが、地震や津波に対してこんな想定では再稼働などできません。

安全とコストは両立しない
安全性を高めて核発電を推進しようと言う人がいます。しかし安全性を高めればコストが上がります。上の表のような地震や津波に耐えられるようにするには莫大な費用がかかります。核発電は今でもペイしていないのですから、さらにコストが上がってはまったく経済的に成立しません。
また、科学技術は進歩しなければならない、1回や2回の失敗であきらめてはだめだ、飛行機だって初めはよく墜落していたと言う人がいます。しかし科学技術は方向が大切です。たとえば核兵器などを一生懸命開発するのは人類の幸福にはなりません。核発電もここまで見てきたように人類にとって良い技術とは言えませんが、百歩ゆずって良い技術だとしても、まだまだ安全に実用できる段階ではありません。また、1回の事故で国が滅びかねないような危険なものを、飛行機の墜落と同列に論じるのは間違っています。

狭い国土に密集する核発電所
日本独自の危険性の第二は、狭い国土に人口と産業が密集していることです。事故が起きても疎開できません。上のグラフで青棒は国ごとの核発電総量、赤棒はそれを国土面積で割った面積密度です。日本が世界一の密度です。アメリカは日本の2倍の核発電をしていますが、国土が広いので密度は希薄です。ロシアも広い国ですから密度は希薄で人口も希薄です。ですからスリーマイルやチェルノブイリは半径200キロくらい疎開できました。しかし日本ではそれはできません。もし福島で大規模な疎開を実行すると、新幹線や高速道路も通れず、福島以北の経済は壊滅し、大津波からの復興も絶望的です。
政府の対応に多くの批判がありますが、地震多発国で人口密集、産業密集の国に、たいした備えも心構えもなしに、54基もの核発電所を作ってきたこれまでの政策が間違っていたのです。

浜岡停止 菅前総理の英断
浜岡核発電所の危険性は作るときから言われていました。2011年5月、菅直人前総理は突然、中部電力に対して浜岡核発電の停止を要請しました。横須賀基地を持つ米軍の強い要請があったという話もあります。
停止が要請されると、川勝静岡県知事も、スズキなどの東海地域の有力な企業も、こぞって政府の決断を英断と称え、中部電力も粛々と浜岡を停止しました。そして浜岡の核発電が停止してもこの夏の間、電力不足は起きませんでした。
経団連の米倉弘昌会長が、唐突だ、オレは聞いてない、と怒っていましたが、政府と経済界がいろいろと相談するのは悪いことではありませんが、経団連は単に私企業の集まりですから、民主的に選ばれた政府や総理が、いつでも事前に経団連に相談しなければならないということはありません。
浜岡の炉内に海水が400トン!
ところで浜岡を停止してみたら、炉の中に海水が400トンも入っていました。どこかに穴があいていて、それに気付かず運転していたわけです。大事故になりかねないところでした。
これをもってしても日本中の核発電で、ずさんな管理と運転がなされていることが分かります。なぜ、電力各社は核発電の安全性に対してかくも怠慢でいられるのでしょうか。それは事故が起きても電力会社が最終責任を取らず、まともに賠償する必要もなく、会社もつぶれない仕組みだからです。

核発電は必要がない
人々は、核発電の危険性は感じていましたが、すでに日本の電力の3割は核発電であり、必要不可欠だから仕方がないという政府や電力会社の説明に納得させられてきました。しかしその説明は真実ではありません。3割が核発電という現今の状況は、長年にわたって政府がそういう政策をとってきたからそうなっているだけで、政策を変えれば核発電は減らせます。
電気がなければ江戸時代に戻ってしまうぞ、と脅かす人がいますが、核発電がなくなって3割の電力がなくなっても、せいぜいバブル経済が華やかだった1980年代の電力状況に戻るだけです。あの頃の日本人の暮らしに、電力の点でどんな不自由があったでしょうか。
実は現在の状態で核発電がまったくなくなっても、人々が耐えられないような電力不足は起こりません。核発電は必要がないのです。

発電能力には余裕がある
上の図は日本の発電能力で、黄色のてっぺんまで発電できます。実際に使用しているのは青い部分で、水力は20%、核発電は63%、火力は50%で、残りは休止しています。核発電は定期点検があるので稼働率は6割ちょっとでいっぱいですが、火力や水力が休止しているのは、故障しているためではなく、核発電を優先する政策のためです。
グラフから分かるように、稼働中の核発電が全部止まっても、それをそっくり火力や水力の休止部分で吸収することができます。また、日本には企業の自家発電が6000万kw以上、核発電の合計よりもたくさんあり、その約3割が法的な規制のために他に融通できずに遊休しています。政策や規制を変えることでこれらの遊休分も利用することができます。
むろん、みんなが好き放題使っても足りるということではありません。節電と省エネルギーにつとめる必要があります。
ピークもまかなえる
電力需要の一番のピークは夏場の日中ですが、今年の夏は核発電の多くが停止して、核発電の発電量が総需要の10%程度しかない状態でしたが、日本中どこも停電になりませんでした。
では将来はどうなるでしょうか。

日本の人口は急速に減る
将来とも電力需要は増えません。人口が減っているからです。2010年をピークに人口は減ってゆきますから、電力消費はこれからどんどん減少してゆきます。
さらに現今の経済不況と若年層の就職難、結婚難で、出生率はもっと下がるおそれがあります。そしてやはり放射能の影響は避けられず、人々の免疫力が低下し、風邪を引きやすい、感染症になりやすい、肺炎になりやすい、インフルエンザになりやすい、ガンになりやすい、ということが起きてきて、死亡数が増えるでしょう。ですから、人口は上のグラフの予想以上に、つるべ落としで減る可能性があります。これはこれでたいへん由々しきことですが、とにかく電力消費は減ります。

電力消費は減り始めている
左上の図は電気事業連合会の電力需要予測です。需要はますます増えると予測しています。しかしそうはなりません。福島の事故によって国民の節電意識が高まって電力消費を抑えるようになり、また、省エネ製品が広く使用されるようになっています。たとえばLED電球が爆発的に売れています。液晶テレビや冷蔵庫、エアコンなどの節電設計がどんどん進んでいます。
核発電をやめたら、電力不足で企業は海外に行かざるを得ない、と経団連や経済同友会は言っています。しかしここまで見てきたように、核発電がなくても電力不足にはなりませんし、核発電は他の発電方法に比べてコストが高いのですから、核発電の電力を使って工場を動かしていたのでは、企業の国際競争力は弱くなる道理です。今はそれをごまかしているだけです。
もし地域的に、時期的に、業種的にどうしても電力が不足しそうなら、積極的に自家発電をすればよく、単独では難しければ周辺の企業と共同でやればよいのです。

2017年3月 補遺  2015年の電力需要は7970億kwhでした。上のグラフの矢印通りの減少になっています。

設備計画は削減するのが当然
上のグラフで赤い矢印で示したように、2005年から2009年にかけて電力消費は減っています。電力消費が減るなど、戦時中を除けば日本では有史以来のことです。これは重大な事実で、日本では構造的に電力消費が減り始めているということです。このまま青い矢印のように減ってゆくでしょう。
電事連はその事実を無視して、経済成長が止まっても、人口が減っても、電力需要だけはどんどん増えるという予測を立てています。増えてほしいという願望があるからです。しかしこの予測はもう外れていますから、設備計画は減らすのが当然です。

核発電は地球を加熱する
アル・ゴア米国元副大統領の「不都合な真実」という映画で、二酸化炭素CO2ガスが地球温暖化の原因だといわれ、二酸化炭素の排出を減らすには化石燃料を燃やさない核発電がいいという説が、まことしやかに言われました。日本も鳩山元首相が国連で、CO2の排出を25%減らすと約束してきました。
しかし二酸化炭素原因説は科学的に確定した話ではありません。別の説によると因果関係は逆で、太陽などの活動によって地球が温暖化したことで、海中から二酸化炭素が放出されて大気中の二酸化炭素が増加したと言われています。CO2が増えたから温暖化したのではなく、温暖化したことでCO2が増えたのだという説です。
また、地球の温度は太陽の活動で大きく変動し、薄い薄い皮の中での人間の活動など無視できるほど小さく、地球は今、太陽の影響で寒冷化に向かっているという説もあります。
地球が温暖化しているかどうか、二酸化炭素が原因かどうかはおくとして、実際は核発電は地球を加熱しています。

核発電は熱効率が悪すぎる
上のグラフは近世になってボイラーやタービンなどの熱機関の効率が改善されてきた様子です。故馬野周二博士という工学の権威が発明した評価法です。タテ軸は、利用されたエネルギーの量を、利用されずに捨てられたエネルギーの量で割った値を「対数」でプロットしています。たとえば、最新の火力発電は熱効率が50%近くあり、利用されたエネルギーと捨てられたエネルギーがほぼ等しいので、割った値は1になります。ヨコ軸は西暦年です。このようにグラフ化すると、熱機関の効率が過去300年間直線的に上昇してきたことが分かります。
ところが核発電はその上昇ラインから外れています。せっかくの核エネルギーでただお湯を沸かしているだけで、方法としてもセンスが悪いのですが、その上、高温になると核燃料棒のジルコニウムから水素が発生してしまうことから、核発電は300度C以下で運転されています。そのため熱効率は33%しかありません。利用したエネルギー(33%)と捨てたエネルギー(67%)の比率は0、5です。
核発電は効率が悪いのです。

捨てる熱は火力発電の2倍
核発電は効率が悪く、たくさんの熱量をムダに捨てていますから、仮に二酸化炭素温暖化説を認めたとしても、核発電が地球温暖化防止に役立っているとは言えません。
新鋭火力発電では熱効率は50%くらいありますから、200万kwの熱で100万kwの発電をすることができます。捨てる熱量は100万kwです。しかし核発電で100万kwを発電するためには、熱効率が33%しかありませんから300万kw分の熱が必要で、200万kwが海に捨てられます。
また、核発電は消費地から遠いところに作られていて、送電ロスが6%くらいありますから、都会で100万kwを得るためには発電所で106万kwを発電しなければなりません。
しかも核発電はいったん動かしたら途中で止められず、電力需要が減る夜間でも夜通し運転し続けます。その結果、24時間のべつ排熱を出し続けています。
それに、温排水で海水温が上昇すると、海水に溶けていた二酸化炭素が大気中に放出されますから、二酸化炭素の削減にもなりません。

政策はすでに破綻
核発電をどんどん増設して、電力需要の40%以上を核発電でまかなおうという、福島の事故の前にあった政府の計画は、もともと実現が不可能でしたが、事故の後はますます不可能になっており、政策はすでに破綻しています。

世界では核発電は終わっている
上の図は世界の核発電所建設の歴史です。80年代までは建設数が急増してきましたが、スリーマイル島事故、チェルノブイリ事故でブレーキがかかり、そのまま急降下してきました。そして最近、二酸化炭素排出を減らすために核発電を再度推進する動きがあったのですが、今回の福島の事故で核発電への期待は一気に冷えました。同時に、二酸化炭素が地球温暖化の主因だという説の怪しさもばれてきました。このグラフを見れば先進国では、核発電はもう終わっていると言えるでしょう。

新設しなければ減る
これまで40年間で日本では核発電が左上図の紫色の棒グラフのように作られて来ました。その結果、合計の発電量は緑色の棒グラフのように毎年大きくなってきて、2010年現在で図のピークのところになりました。
核発電設備には寿命があります。ふつうの火力発電設備は、部品を取り替えているうちに全部が新しくなったりして寿命は無限です。ボイラーやタービンなどの主要設備も交換できます。しかし核発電の主要設備は交換できません。圧力容器や格納容器などの主要部分を交換しようとしても、放射能が減ってくるまで何年も作業ができません。ですから寿命が来たら別の場所に新設しなければならないのです。
福島では設備は40年以上も使われていて、津波が来る前に地震の揺れで配管などが破損したと言われています。今後は安全を言うなら、寿命は40年ということを厳守しなければなりません。すると、これまで40年間に作られてきた核発電設備が次々に寿命を迎えます。ですから今後新設がなければ、次の40年間で核発電量はどんどん下降して、2050年には日本の核発電はゼロになります(青い棒)。
もし2010年のピークを維持しようとすれば、今後40年間に廃炉になる分をそっくり新設しなければなりません。つまり、これまで40年間に作ってきたのと同じペースで核発電設備を新設し続けることで、ようやく現状を維持できるのです。
ましてや昨年までの政府の核発電政策は、さらに核発電を増やして総発電量の40%以上にしようというものでしたから、そのためにはこれまでに倍する核発電を、どんどん新設し続けねばなりません。しかし今やそんなことは、国民世論がとうてい許しません。

原子力委員会調査 国民の98%が脱・核発電
原子力政策の元締めの内閣府原子力委員会が福島事故のあと実施した、約1万件の調査結果(日刊工業新聞報道)で、「核発電は直ちに廃止して再生可能エネルギーに転換」が67%、段階的廃止と併せて合計98%が核発電の廃止を求めています。
ほぼ全国民が核発電の縮小廃止を求めているわけですから、現状維持などできませんし、ましてや増設などできません。2030年に40%以上という政府の政策は破綻しています。原子力委員長は福島の事故のあと、「これからも核発電を推進する」と言っていましたが、自分自身の調査によって、国民の意思はすでに脱・核発電に定まっていることがはっきりしたのですから、粛々と民意に従うべきです。
しかるに原子力委員会は11月に、事故の損害額をたったの4兆円と勝手に決めて、事故のコストを1円/1kwhと算定し、核発電コストはこれまでの5~6円(ウソ)から1円アップで7円になったと発表しました。ウソの上塗りです。
この発表で原子力委員会という組織は、民意を無視し、国民をだまし、どれだけ事故があっても、とにかく核発電を推進しようとする組織であることが分かりました。

世界は自然エネルギーへ
グレーの棒グラフが世界の核発電の設備容量で、赤い棒グラフが世界の太陽光や風力での発電設備容量です。核発電はまったく増えていません。太陽光や風力は2000年頃までは横ばいでしたが、21世紀になって急加速し、2010年についに核発電の設備容量を追い越しました。ただしこれは設備量で、実際の発電量はこれに稼働率を掛けます。自然エネルギーは稼働率が低いので、発電量はまだ核発電の方が上です。
左側のグラフはヨーロッパでの洋上風力発電です。今後20年間で10倍くらいにしようという意欲的な計画があります。これが世界のトレンドです。

夢のエネルギーではなかった
今から60年ほど前に核発電は、人類の夢のエネルギーとして登場しました。核エネルギーが夢のエネルギーと思われたのは、燃料がほぼ無限だという話だったからです。核分裂するウラン235は、ウラン全体の1%しかなく、99%は核分裂しないウラン238です。ウラン235しか使えないならウラン資源はすぐに枯渇してしまいますが、増殖炉を使うと、炉の中で燃えないウラン238がプルトニウム239に変化し、プルトニウムは核燃料になるので核燃料が増殖してゆきます。それを再処理すれば核燃料はいくらでもリサイクルされて増加すると思われていました。
しかし実際は、それは技術的に難しくて、60年たっても世界中どこでもまったく実現していません。それは結局は一時の夢でしかありませんでした。

世界中が撤退した増殖炉
増殖炉は技術的に難しく、米英仏独など世界の先進国はすでに撤退してしまいました。日本は今でも「もんじゅ」をやっていますが、去年再開したとたんに炉内に金属部品を落として抜けなくなってしまい、炉の中は燃料がいっぱいで止めもできず、ただ冷やし続けるだけで電気もできないという状況になりました。その金属部品はようやく回収されましたが、稼働の見込みはたっていません。この「もんじゅ」を維持するだけで、毎日5500万円の国費が使われています。
もんじゅは廃炉に
増殖炉の冷却剤は16年前に爆発(右側の写真)したナトリウムですから、いつまた爆発大火災になるかも知れません。今度爆発が起きれば、炉内にプルトニウム燃料がたくさん詰まっていますから、関西全域が避難地域になるほどの汚染になります。しかも福島と違って、水をかけるとナトリウムは爆発しますから、本当にどうすることもできません。
出力上昇試験が2011年の秋に予定されていましたが、2011年10月に所管の文科大臣が、年内は試験は見合わせると発表しました。
福島の事故のあと政府は、核発電を減らして、最終的にはなくすと言明しています。それはつまり、増殖炉などを開発することの意味がなくなったということです。ですから「もんじゅ」を続行する理由はまったくありません。危険なだけで何のメリットもありませんから、即刻、廃炉にすべきです。

再処理設備も動かない
夢のエネルギーであるためには、核燃料をリサイクルして使う必要があります。そのための施設が青森県六カ所村の再処理工場です。しかし工事が遅れ、金額がかさみ、再処理は技術的にも未完です。そして、もんじゅが成功しなければ核燃料サイクルはできませんから、再処理することに意味がなくなります。
福島事故の後、政府は核発電の新設はしない、寿命が来たものは廃炉にする、20年で核発電をなくす、という方針になりましたから、「再処理」も今や無用のものです。意味のない再処理に固執していると、世界中から日本はプルトニウムを作って核武装を目指していると疑われてしまいます。
再処理はしないとなると、処理工場の残る意味は、使用済みの核燃料を廃棄するための工場ということですが、それもまた、はっきりとした方法が決まっていません。いま福島でプールに入っているだけでも相当の量になります。それが全国54基の核発電設備でどんどんたまってゆき、いま現在、保管設備の7割が埋まっています。最終処分の方法はまだ決まっていません。

核廃棄物遺棄は子孫に対する犯罪
全国の核発電所の敷地内にたくさんの核廃棄物がたまっています。最終処分地を引き受ける自治体はありません。やがて日本のあちこちで核廃棄物の山が出来るでしょう。これは子孫に対する犯罪です。
正気の沙汰ではない
1968年に東大全共闘の議長だった山本義隆氏は、近著「福島の原発事故をめぐっていくつか学び考えたこと」(みすず書房)で次のように書いています。

最終貯蔵地を引き受ける自治体は当然ながらなく、完全に行き詰まっている。榎本聡明という東京大学工学部原子力工学科を出て東京電力の副社長と原子力部長を務めた人物の2009年の書「原子力発電がよく分かる本」には書かれている。「高レベル放射性廃棄物の地層処分は、地点選定に数十年、さらに処分場の建設から閉鎖まで数十年とかなりの長期間を要する事業であるとともに、処分場閉鎖後、数万年以上というこれまでに経験のない超長期間の安全性の確保が求められます。」正気で書いているのかどうか疑わしい。「数万年以上」にわたる「超長期の安全性」をいったい誰がどのように「確保」しうるのだろう。

数万年とはどのくらいの長さかというと、たとえばアフリカで生まれた新しい人類がアジアに進出したのは7万年前のオーストラリア原住民のアポリジニが先駆だそうです。アメリカ先住民(インディアン)がベーリング海峡を渡ったのは1万数千年前です。数万年という時間はそれほど長い時間です。邪馬台国の卑弥呼などたった2千年です。
また、地層処分と言ってもせいぜい300mの深さで、炭坑や鉱山ではふつうの深さです。日本列島は数千年で海が山になり、山が海になるなど、地殻がダイナミックに動いている列島です。数万年も安定的に保管することなどできません。
十万年後の安全
フィンランドでも核発電の新設で、核廃棄物をどうするかが問題になっています。200年かけて穴を拡張して廃棄物を積み、そのあと十万年保管する計画です。開けるな、近寄るな、という警告の看板を立てるにしても、10万年後にこの地域に住む人々はフィンランド語が読めるだろうか、と真剣に議論されています。この「10万年後の安全」という映画は2011年に全国で上映されました。

いま開発途上国で核発電設備を建設したいという要求が強くなっています。そうなれば世界全体の放射能汚染レベルが上昇して、人類や動植物の遺伝子が傷ついてしまい、地球上の生命の輪廻転生がうまくゆかなくなってしまうでしょう。
核発電設備の輸出はしない
政府は、日本ではもう核発電の新設はしない、将来は脱・核発電すると言っています。なぜか。危険であることが分かったからです。
自分の国では危険だからやらない、というものをよそ様に売ってはいけません。いくら求められても売ってはいけません。それは理の当然であり、商売の最低のモラルです。現実にも、輸出した核発電設備で何かが起これば、たとえそれが相手の運転ミスでも、製造者責任を問われるでしょう。利益の何倍もの賠償金を失い、日本の評判が落ちるでしょう。
ドイツ最大手のメーカーであるシーメンスは、福島の事故を受けて、核発電設備の製造から手を引くと決めました。日本のメーカーもよくよく考える必要があります。核発電の商談は一件が何千億円と大きくても、何か事故があればいきなり会社が存亡の危機に立たされます。将来を考えれば自然エネルギー部門の方が長期的なビジネスとして有望です。それに、国民の大多数が反対しているものを外国に売れば、会社の評判が落ちて他の国内部門での売り上げが減るでしょう。

中国で核発電が100基稼働する
これから10年で中国で核発電が100基以上稼働し始めます。常に偏西風が吹いていますから、何かあれば日本は放射能まみれになります。自分の国で大事故を引き起こしておいて、よその国にとやかく言える立場ではありませんが、先般の中国の新幹線の事故を見れば安心はできません。
どうしたらいいか。日本が率先して核発電から脱すること、それで中国がやめるということにはなりませんが、それが中国の核発電を止めるための最低限の条件です。日本が核発電をさかんにやっていて、中国にやめてくれとは言えません。日本が核発電を脱して自然エネルギーを開発し、その技術を中国に供与することで、中国も核発電を脱することができます。風力や太陽光には中国も強い関心を持っていますから、中国の広大な土地を生かしてどんどん共同開発をしたらよいでしょう。

核発電は「安くて、安全で、必要で、温暖化防止になり、将来性がある」、という話はすべてウソでした。
他にも、健康被害、労働搾取、暴力支配、データ捏造、事故隠し、やらせ、地元民の分断支配、不正選挙、贈収賄、買収、冤罪の捏造、倫理の欠如など、反社会的なことがたくさん起きています。核発電はこの50年間、日本中に悪徳をばらまいて来たと言って過言ではありません。
日本には核発電をやる資格がない
福島の事故で、日本社会が核発電には対応できないことが明らかになりました。安全規制をすべき保安院が、核発電を推進する経産省の中にあるなど考えられないことで、まさに世界の非常識です。しかも事故への備えはなく、世界を汚染させても誰も責任をとらず、罰せられる人もいません。東海村の村上達也村長は、このていたらくを見て「日本には核発電をやる資格がない」と言っています。
では日本はなぜまだ核発電をやっているのでしょう? 実はそこにはまったく別の理由があります。

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