てんかん新論

 

書籍紹介       
第1章 てんかん特有の共通事象
第2章 てんかんは物理現象である
第3章 てんかんは脳の変形で始まる 
第4章 変形は脳の表層で起きている
第5章 脳溝狭窄による脳髄液浸潤不全
第6章 脳溝閉塞による脳髄液浸潤不全
第7章 てんかんは脳帯電である

要 約 版

第1章   てんかん特有の共通事象

◆てんかんの定義
てんかんの人は100人に1人いると言われている。日本では百万人、世界では五千万人が、てんかんで困っている。日本神経学会はてんかんを「持続性素因を特徴とする脳の障害」と定義している。

◆てんかんの分類
てんかんは、てんかんが起きたキッカケが明らかか、不明か、で2つに分類されている。てんかんを発症する前に、脳梗塞が起きていたとか、交通事故で頭を強く打ったとか、脳に先天的な異常があったとか、脳に細菌やウィルスが入って脳炎を起こしたなど、てんかんのキッカケとなる事象があるものを「症候性てんかん」と言う。他方、てんかんを発症する前にそれらの事象がなく、脳内を調べても何も見つからないものを「特発性てんかん」と言う。
また、てんかんは、発作が全身的に起きるか、局部的に起きるかで2つに分類されている。全身的に発作が起きるものを「全般てんかん」と呼び、局部的に起きるものを「部分てんかん」と呼ぶ。そしてこれらの組み合わせにより、てんかんは4つに分類される。「特発性全般てんかん」「特発性部分てんかん」「症候性全般てんかん」「症候性部分てんかん」の4つである(下図)。

しかし、てんかんは実はもっと細かく分類されていて、「てんかんはキッカケはいろいろで症状もいろいろな、複雑な病気である」と言われている。それを下図に示す。

症状によって細かく分類されるが、キッカケと症状がどう結ばれるのかは霧の中である。例えば、ある子が、先天的な脳の障害を持って生まれてきて、てんかんを発症すると、「先天的な障害による症候性てんかん」と診断され、ある人が事故で頭を打って、てんかんが起きるようになると「頭部打撲による症候性てんかん」と診断される。しかし、先天的な脳の障害があると、どのようにてんかんという状態が発生するのか。頭部を打撲すると、どのようにてんかんという状態が発生するのか。そのメカニズムこそが病気の本態だと思われるのだが、現代医療はそれを説明しない。
現代医療は、てんかんを症状で分類することには熱心だが、肝心なメカニズムは「大脳の神経細胞が過剰に興奮するために(定義)」と言うだけである。医療者たちはこれで何かを説明したつもりだが、何の説明にもなっていない。
科学研究における一般論として、違いを見つけて細かく分類することは、枝葉の研究にはなっても、根幹の解明にはつながらない。逆に、共通性を見つけてまとめて行くことが、根幹の解明につながる。てんかんも、細かな違いで分類するのではなく、共通事象を見つけることで、霧が晴れて、てんかんの本質が見えてくるのである(下図)。

 

第2章  てんかんは物理現象である

◆脳内に物理的変化が起きている
てんかん発作の症状は、患者ごとにほぼ一定で、同じ人は同じ症状を繰り返す。つまり、てんかん現象は脳のどこかで発生していて、その場所は人によりさまざまだが、人ごとにその場所は固定されているのである。また、てんかんの何割かは脳の病気やケガがキッカケで起きているのだが、この事実もまた、てんかんが、脳内のどこかの場所の物理的な変化によって生じていることを示している。
◆てんかん放電
てんかんが起きている時に脳波を測定すると、下図のようになっている。

脳波とは脳で生じている電圧変動で、頭に電極をつけて測定される。てんかん発作が起きている時は、脳から通常より大きな電気信号が発射されている。上図で振幅が大きくなっている部分がてんかん発作である。これを「てんかん発射」とか「てんかん放電」という。
◆電気ショックでてんかんを起こせる
愛知県青い鳥医療療育センターのサイトで、重要な事実が紹介されている。「脳に強力な電気を流せば、誰でもてんかん発作を起こす」という事実である。

30年ほど前にオウム真理教事件があった。頭に電極バンドのようなものを巻かれた信者たちが、電気ショックを受けて体をガクガク震わせている映像に驚いたものである。青い鳥医療療育センターはまた、「てんかん発作は脳を有するものの宿命だ」とも言っている。これも重要な認識である。犬も猫もてんかんを起こすのである。
◆てんかんのキッカケ
動物の脳は電気で動いている。そこに強い電気刺激を加えると、脳の活動が乱れて発作が起きる。すなわち動物たちの脳にはもともと、何かのきっかけがあればてんかん発作を起こすだけの「道具立て」が備わっているのである。てんかんを起こす人と、起こさない人とで、脳内の仕組みに違いはないのである。「てんかん発作は脳を有するものの宿命だ」とはそういうことである。違いは、キッカケがあるかどうかである。てんかんが起きる時は、頭に電極バンドを巻いたような状態が脳に起きているのである。それを見つけ出して、それを取り除けば、てんかんは起こらなくなるはずである。脳梗塞が起きたとか、頭を強く打ったとか、脳に先天的な異常があったとか、細菌やウィルスで脳炎を起こしたとか、さまざまな原因で、頭に電極バンドを巻いたのと類似の現象が、脳内に生じるのである。それはどんな現象か。
◆脳が帯電する
それはおそらく「脳が帯電する」という現象である。帯電とは電気を帯びることである。脳で放電が起きるのは、脳が帯電したからである。 冬になるとドアノブなどに触れた瞬間に、バチッと電気が走る。体や衣服がこすれて摩擦電気が発生し、体や衣服に溜まる。日本では夏は湿気が多いので、静電気は湿り気を通して空気中に逃げるが、冬は乾燥しているので静電気は逃げられず、だんだん体に溜まる。それがドアノブに触れた瞬間に放電されるのである。
帯電しなければ放電は起きない。これが物理の法則である。
◆脳は脳髄液でアースされている
脳は電子機器である。電気信号をやりとりしている。電子機器は、使っていると装置全体にだんだん電気がたまってきて、誤作動が起きる。だから電気技術者は、電子機器は必ずアース(接地)をとる。アースをとれば、電気は溜まらない。
動物たちは生物進化の過程で脳を獲得し、それを作動させる方法として電気信号を用いた。脳は脳髄液に囲まれていて、電気は脳髄液中のナトリウムやカリウムなどの電解質(イオン)によって作られて、脳に供給される。自然の理として、供給量は余裕を持っているはずで、そのままでは、余った電気が脳内に溜まって誤作動を起こす。
 だから脳は自然にアース(接地)されていて、余った電気が逃げるようになっている。アースは脳髄液によってなされる、というのが動物たちの脳の「基本設計」である。脳髄液から供給された電気は、脳髄液を通って逃げることできるのである。

 

 

◆アースが不十分になることがある
ところが、アースが不十分になることがある。すると脳が帯電し、やがて放電する。放電は一瞬だが、そのショックが脳の他の部分に伝わって発作が起きる。これがてんかん現象である。

◆新発見:発作時DC電位の上昇
2022年9月、京都大学と国立精神神経医療研究センターが、てんかんが起きる前に、脳の表層の電位が上昇していることを発見した。

DCとはDirect Current すなわち直流のことである。この研究では「発作時DC電位」とは、「てんかん発作時の、振動数が1秒間に1回以下のゆっくりとした脳波変動」と定義されている。そしテレビ大阪の報道で、次のような実測図が画面に示された。

黒い波形の線が脳波で、中央の赤いタテの点線の所から波の振幅が大きくなっているところが、てんかん発作である。赤い波の線がDC電位で、山なりになっている所が「発作時DC電位の上昇」である。グラフの目盛りから、発作の20秒ほど前から上昇していることが分かる。脳のどこかが帯電すれば、その部位の電位は上昇(負電荷なら下降)する。この結果は、「てんかんのキッカケは脳の帯電ではないか」という、筆者の推論を支持するものである。この電位上昇は、てんかんの初期現象を示しているものと思われる。
◆てんかんの予兆と電位上昇
てんかん発作は何の予兆もなく起きることが多いが、何度も発作を起こしている人の中には、だんだんと予兆を感じられるようになる人がいる。そして発作が起きそうだと感じると、しゃがむとか、車を止めるとかできるようになる。あるいは特別に訓練された犬は、飼主にてんかん発作が起きることを感知して、警告してくれる。これは、発作直前に当人の呼気や発汗から、何らかの臭いなどが出るためのようである。
世界的な文豪のドストエフスキーは、てんかんを持っていた。彼は「白痴」という小説の中で、発作前の状態について詳しく描写している。小説家だから誇張はあるだろうが、発作が起きる前に以下のような感覚があるようである。

人が知覚したり、発したりする「てんかんの予兆」と、当人の脳内に現れる「発作時DC電位の上昇」とは、対応しているものと思われる。

 

第3章  てんかんは脳の変形で始まる

◆てんかんの年令別発症率
下図は2022年6月に国立精神・神経医療研究センターの中川栄二てんかん診療部長が、市民公開講座で示した「てんかんの新規発病率:年令別」というグラフである。

てんかんが新たに発症するのは乳幼児期に多く、成長につれて減少し、成人期では低位で安定する。しかし老年期になるとまた増えてくるのである。このグラフは重要な事実を示唆している。
◆脳の 成長→成熟→老化
グラフを上下さかさまにしてみよう。するとグラフは次図のように山なりになって、てんかんの新規「非」発病率を示すこととなる。

この絵を眺めていると気づくことがある。クイズ番組で「このグラフは人間の脳についての何かを表している。それは何か?」という問題が出たら、多くの人が素直に「このグラフは人間の脳の、成長→成熟→老衰というプロセスを表している」と答えるだろう。グラフをひっくり返しただけで、なるほどそう見える。だから元のグラフに戻れば、「てんかんの新規発病率は、脳の成長につれて減少し、脳が成熟すると低位で安定し、脳が老化してゆくとまた増加する」ことが分かるのである。
◆てんかんは脳の変形で始まる
では、脳の「成長→成熟→老化」で、脳の何が変わるのか。それは「脳の形」だと思われる。乳幼児期は日々知能が発達し、脳神経細胞のネットワークが急速に形成され、脳が大きくなり、頭蓋骨も大きくなる。特に1才くらいまでの変化は急激である。てんかんはこの時期に起きやすいのである。成年期では、交通事故で頭を打ったり、脳血管が詰まったり破れたりして、脳が変形することがある。しかしその頻度はあまり多くない。高齢期では、脳の病気が増え、脳の萎縮が進んで、脳が変形する度合いが大きくなる。
このようにてんかんとは、脳が変形することがキッカケで、脳が帯電し、放電して起きる現象だと考えられる。
◆てんかんの治りやすさの差
この推論を支持する事実がある。それはてんかんの種類によって治りやすさが違うことである。日本てんかん協会のサイトに次の表がある。

このように、特発性てんかんの方が、症候性てんかんよりずっと治りやすい。なぜか。それはてんかんのキッカケが脳の変形だと考えれば、簡単に理解できる。特発性てんかんは、脳の病変が見つからないので原因不明とされ、特発性と名付けられている。つまり脳の変形が、見つからないほど小さいのである。変形が小さいので治りやすいのである。一方、症候性てんかんは、先天異常とか頭部打撲とか脳血管障害などのエピソードがあって、脳が変形していることが容易に推測できるし、実際にその変形は大きいので、すぐに見つかる。そして変形が大きいので治りにくいのである。
また、全般てんかんより部分てんかんの方が治りやすい。それは、部分てんかんを起こす変形は脳の狭い範囲で生じており、全般てんかんの変形は脳の広い範囲で生じている、と考えれば理解できる。
このようにてんかんの治りやすさの差は、てんかんが脳の変形をキッカケにして生じていることを示している。ではどのような変形が、てんかんを起こすのか。

第4章  変形は脳の表層で起きている

◆脳の構造
脳について研究している、金沢大学医学部の河崎洋志教授は「賢い人は脳にシワが多い?」というコラムで、脳の構造について次のように言っている。


この説明を図示すると、脳回と脳溝と脳神経細胞とは次図のように配置されている。脳全体は脳髄液に囲まれ、頭蓋骨の中に納まっている。


◆多小脳回症とてんかん
脳回に関して、「多小脳回症」という病気がある。遺伝子の異常で小さな脳回がたくさん出来る病気で、「多・小脳回・症」ということである。

この疾患について日本医療研究開発機構は、上のように「小さい脳回がたくさん出来ると、それらが不規則に融合してしまうのである」と言っている。そして起きやすい疾患として、「てんかん」と書いている。つまり脳回同士がくっついて、脳溝が狭窄したり閉塞したりすると、てんかんが起きるのである。これは、てんかんを起こす脳の変形がどういうものかを示す、重要な事実である。

◆大脳皮質形成異常とてんかん
静岡てんかん・神経医療センターは、てんかんの人では、大脳皮質の形状に部分的な異変があり、その部位で「てんかん発射」が起きていることが、最近の画像診断の進歩によって明らかになってきた、と言っている。皮質とは大脳皮質のことである。

◆脳溝とてんかん
日本小児神経学会のサイトに「ローランドてんかん」について次の説明がある。

ローランド溝とは、フランスの医師の名を冠した特定の脳溝で、脳の中央で前頭葉と頭頂葉とを分けるような位置にある。

そのローランド溝付近で、「小児期の代表的な経過良好なタイプ」のてんかんが起きているのである。このことは、脳溝がてんかん発生と関係があることを示している。将来、画像診断技術がさらに進歩すれば、ローランド溝周辺で、皮質形成異常が起きていることが見つかるだろう。
またこのてんかんは、成長すると自然におさまるということである。成長すると自然におさまるてんかんには、遺伝子は関与していないと考えられる。
◆てんかんを起こす腫瘍は脳の表面にある
札幌の脳外科医の澤村豊氏は、脳腫瘍とてんかんとの関係について、「てんかんを生じた患者さんの脳腫瘍は治りやすい」として、次のように言っている。


脳腫瘍とは脳にできるガンだから、脳の形状が変わる。澤村氏は、てんかんを生じた脳腫瘍がなぜ治りやすいかについて、1つの理由は「てんかんを生じる腫瘍は脳の表面にあるからだ」と言っている。すなわち、てんかんを起こす脳の変形は、脳の表面の大脳皮質で起きているのである。これは、てんかんのメカニズムを解明する上で、重要な事実である。
◆「症候」と「てんかん」との関係
また、2つ目の理由として「てんかんを生じる脳腫瘍は小さいうちに発見できるからだ」と言っている。なぜ小さいうちに見つかるのか。それは、腫瘍が大きくなって他の症状が出る前に、腫瘍から、てんかんという信号が出るからである。そこで驚いて脳を検査してみると、腫瘍が見つかるのである。澤村氏はまた別のページで、「手術で腫瘍を全摘出することで、てんかんを起こしている脳皮質が切除され、症候性てんかんは治る」と言っている。脳の表層の腫瘍で生じたてんかんは、その腫瘍を切除すれば消失するのである。
これらの事実から、てんかんは、脳に生じた症候が生み出す電気現象であり、症候が発する信号に過ぎないと考えられる。
◆「熱性けいれん」もてんかんである
乳幼児によく見られる、高熱を発した時に起きるけいれんは、「熱性けいれん」と呼ばれる。これは一過性で再発があまりないので、てんかんではない、と現代医療では言われているが、その分別は本質的ではない。
熱性けいれんも、脳の変形で起きていると考えられる。普段は36度Cくらいの脳が、発熱で40度Cともなると、脳はわずかに熱膨張する。一方で頭蓋骨は材質的にほとんど膨張しない。すると脳が窮屈になって脳溝が狭窄する。すると発作が起きるのである。脳が成長している乳幼児期は、脳が日々変形していて、変形しやすい。だから熱性けいれんも起きやすい。しかしそれは熱変形による一時的な現象だから、熱が下がれば元に戻ることが多い。 熱性けいれんは遺伝する傾向があるとも言われているが、それは親子で目鼻立ちが似るように、脳や頭蓋骨の形も親子で似ているからである。
熱性けいれんもてんかんの1つであり、それが脳の熱膨張という脳の変形によって起きているなら、てんかんもまた脳の変形で起きていると考えられる。
◆犬のてんかんは猫の2倍ある
金沢大学の河崎教授は、脳の研究をするのに、ネズミでは知能が低すぎるのでイタチ(フェレット)を使っている。
右図は河崎教授が紹介している、ネズミの脳とイタチの脳の写真である。ネズミの脳(左)にはほとんどシワがないが、イタチの脳(右)にはいくつかシワがある。知能の高い動物ほど脳の神経細胞の数が多く、また脳のシワの数も多いのである。

 

 

犬と猫はどちらが知能が高いか、最新の研究で明らかになっている(下図)。

この研究では、脳の大きさや重さだけではなく、脳をすりつぶして脳神経細胞(ニューロン)の数を数えた。その結果、犬の脳神経細胞の数は5億3千万個で、猫は2億5千万個だった。ちなみに人間の脳神経細胞は160億個ある。

犬も猫もてんかんを起こすが、犬のてんかん発生率は猫の2倍以上あると言われている。それはちょうど脳神経細胞の数の違いと合致していて、それは脳溝の数の違いでもある。知能の高い動物ほど脳溝の数が多い。
以上のいくつかの事実から、てんかんの発生は脳溝の状況と大いに関係していると言える。大脳皮質が変形して脳溝が狭窄することが、てんかん特有の共通事象の一つだと考えられる。

 

第5章  脳溝狭窄による脳髄液浸潤不全

◆脳神経細胞は脳の表面にある
大脳皮質の表面にはシワがあり、そこには神経細胞が多く集まっている。金沢大学の河崎教授は、「大脳にシワがある理由は、表面積を増やして脳神経細胞をたくさん詰め込むためだ」と言っている。
なぜ脳神経細胞は脳の表面になければならないのか。河崎教授は書いていないが、一つの理由は熱である。パソコンは、動かすと熱くなるので、内部でファンを回して冷やしている。脳も使っていると熱くなるので、冷やす必要がある。だから、脳神経細胞は脳の表面にいなければならないのである。
◆脳の老廃物は脳髄液に捨てられる
また、脳神経細胞が作り出す老廃物も、除去される必要がある。老廃物はどのように除去されるのか。その答えが最近発見された。老廃物は脳髄液に捨てられるのである。脳髄液は脳の表面を覆っているから、脳神経細胞は、脳の表面に配置されていた方が老廃物を捨てやすいのである。
下図は2013年に米国の科学誌サイエンスに発表された論文である。

この研究で、脳細胞は睡眠中に少し縮んで、脳の中にスキマが出来て、そのスキマに脳髄液が入り込んで、脳で発生した老廃物を持ち去る、という循環があることが分かった。この研究が関心を持っていた老廃物は、アルツハイマー病を引き起こすアミロイドベータという物質だったが、とにかく昼行性の動物(人間など)は、昼間活動していると脳で老廃物が発生し、それが夜に睡眠している間に、脳髄液によって除去される、というメカニズムが発見されたのである。
老廃物を除去するために大切なのは、脳髄液が脳のすきまに十分に入り込むことで、そのためにはしっかり睡眠を取る必要がある。これは、脳のある動物は、人も犬も猫も鳥も羊も池の鯉も、なぜ眠らなければならないのかという人類の長年の疑問に対する答えである。眠らないと老廃物が溜まって脳が働かなくなるのである。
お茶の水女子大学助教の毛内拡氏が「脳を司る脳」(ブルーバックス)という本で、このあたりのことを詳しく解説している(下図)。

◆脳溝が狭窄するとてんかんが起きる
脳髄液が老廃物を除去するならば、脳髄液は、脳で余った電気を除去する仕事もしている、と容易に想像できる。電気用語で言えば、脳は脳髄液によってアースされているのである。そしてそれは、あらゆる動物の「脳の基本設計」だと思われる。他に帯電を除去する通路はないからである。
このように脳髄液は、脳で発生する「熱」と「老廃物」と「電気」を除去する仕事をしていて、脳が正常に作動するために重要な役割を果たしている。てんかんの人たちの体験談では、睡眠不足だと発作が起きやすくなることが語られているが、その理由も、この米国の研究で理解できる。睡眠不足になると、脳溝に脳髄液が入りにくくなるのである。
また、病気やケガで脳が変形し、脳溝が狭窄すると、脳溝の奥にまで脳髄液が浸潤しなくなる。するとアースが不十分になって脳が帯電し、放電が起きる。これがてんかんである。これを防ぐには、狭窄した脳溝を広げることが一番に考えられるが、それには手術が必要である。自分で出来る方法としては、脳髄液が、狭窄した脳溝のほんの少し奥まで浸潤できるように、脳髄液を改質することが考えられる。
◆現代医療は脳髄液に関心がない
ところが現代医療は、近年、むち打ち症などで認知されるようになった「脳脊髄液減少症」や、昔からある水頭症などを除いては、脳髄液には関心がない。てんかん医療で脳髄液の検査が行われることもあるが、それは脳髄液の中に細菌などがいないかを調べて、そのてんかんが「脳髄液の感染症」ではないことを確認するためである。脳髄液とてんかんとの関係に着目しているわけではない。国立がん研究センターの「がん情報サービス」サイトに次の記述がある。

「脳髄液の役割は明らかではないが、水分含有量を調節し、形を保つ役割をしている」とは、まるでスーパーで売っている豆腐パックの水と同じ扱いである(豆腐パックの水は大切だが)。
先端研究をしている医療者たちも、脳の中に興味はあっても、脳の外にある脳髄液にはまったく関心がない。しかし自然科学の分野では、脳髄液が脳の活動に重要な役割を果たしていることが、何年も前から明らかになっている。それも、老廃物の除去に関与しているのだから、生命維持にとって決定的に重要な役割である。

 

第6章  脳溝閉塞による脳髄液浸潤不全

◆脳表シデローシスとてんかん 
2022年9月に新しい発見が発表された。国立循環器病研究センターは、脳のMRI画像を解析することで、てんかんが発生するリスクとして、脳卒中後に脳の表面に沈着している鉄分の量が重要であることを見つけた。

近年、高齢者で脳卒中後にてんかんが起きることが増えている。この研究の対象は、平均74才の高齢者約1456人の脳卒中患者で、その内訳は下表の通りである。
  血管が破れて出血する、くも膜下出血と脳出血の合計が22%で、血管が詰まる、脳梗塞と脳虚血の合計が78%である。現代日本の脳卒中は、脳の血管が破れることはあまりなく、脳の血管が詰まることがほとんどだから、研究対象がこのような構成になったのは、一般の状況を反映していると思われる。右端の欄はてんかんの発生率である。血管が詰まる脳梗塞や脳虚血では8~9%であるのに対し、血管が破れるくも膜下出血は87%、脳出血は25%と大幅に高くなっている。
脳卒中が起きると脳が変形して、てんかんが起きやすくなる。しかしそれだけなら、血管が破れる脳出血と、血管が詰まる脳梗塞との間で、発生率にこれほどの差は生じないはずである。なぜ血管が破れる脳出血で、てんかんの発生がこれほど多くなっているのか。その理由が脳表シデローシスであることが、この研究で分かったのである。脳表シデローシスとは脳の表面に鉄の沈着が起こる現象で、脳表ヘモジデリン沈着症とも言う。
◆脳の表面に血液がこびりつく
この研究で、てんかんを起こしている脳の表層には、鉄分が多く沈着していることが分かった。その鉄分は血液中のヘモグロビンに由来している。ヘモグロビンには鉄分が含まれている。脳出血が起きると、血液が脳の表面に付着する。出血場所が脳の表層に近いほどそうなる。特にくも膜下出血は、脳と頭蓋骨との間で出血するので、脳表面はもろに血液で覆われ、脳溝は血液で塞がれる。そして付着した血液量が、鉄分量として検出されるのである。
年令が若ければ、付着した血液を新陳代謝で早めに除去出来るが、高齢者では時間がかかる。すると脳溝が塞がって、脳髄液が入れず、帯電を除去できない。だから高齢者では、出血系の脳卒中の方がてんかんの発生率が高くなり、特にくも膜下出血で発生率が高くなると考えられる。
この研究は、脳表の鉄分量が重要だと考えているが、それは測定装置の都合で鉄分量を測定しているだけで、鉄分自体がてんかんを起こすということはないと思われる。脳表に血液がこびりついて、脳溝が塞がれることが本質である。交通事故などで頭を強く打っててんかんが起きることや、脳腫瘍でてんかんが起きることも、脳表に血液がこびりつくことと関係があると思われる。
◆高齢者のてんかんが増えているわけ
またこの新発見で、高齢者のてんかんが増えている理由も説明できる。高齢者は血管壁が弱くなっているので、脳出血で救急搬送されることがなくても、日常的に脳のどこかで少しずつ内出血していて、それが脳表にこびりついている可能性がある。高齢者は、皮膚にシミや老人斑が生じるが、脳にも出血痕ができるのである。また高齢者は、血液をサラサラにする薬を服用している人が多い。それは出血を止まりにくくする薬なので、脳内でジワジワと出血し、脳表シデローシスが生じる可能性も高くなる。高齢化が進む現代日本では、脳表に出血痕が出来ている80代、90代の高齢者が急増していると思われる。
◆高齢者のてんかんと認知症は、同根
また以前から、脳表シデローシスと認知症との間に関係があることが知られている。これは認知症の原因物質とされるアミロイドベータなどの脳の老廃物が、脳髄液に捨てられる、という新発見から理解できる。老廃物を除去する経路が、脳表シデローシスで遮断されて、脳内に老廃物がたまり、認知症が起きるのである。
また高齢者において、これまで認知症と思われていた疾患の、かなりの部分が、実はてんかんだったことが最近分かってきた。そして認知症と、てんかんとは、区別しようという動きがある。
しかし実は逆に、高齢者における認知症とてんかんは、脳表シデローシスという共通因子を持つ、同類の疾患であることが、この研究で分かったとも言える。昭和大学医学部の石垣征一郎氏らは、高齢者のてんかんを調べて、認知症をもっているてんかん患者の、認知症の型はアルツハイマー型が最も多く、65%であると報告している(昭和学士会誌 No.75, 2015)。アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドベータを除去するのは、脳髄液の役割だから、脳表シデローシスで除去経路が遮断されるという共通要因で、てんかんもアルツハイマーも起きている可能性がある。

 

第7章  てんかんは脳帯電である

◆てんかんのメカニズム
ここまでの考察から、てんかんの実体が見えてきた。てんかんのメカニズムは次のようになっていると考えられる。
-てんかんのメカニズム-
① 脳は、成長、先天異常、老化、病気、ケガ によって変形する。
② 成長と先天異常は脳溝狭窄をもたらす。
  老化、病気、ケガは、脳溝狭窄と脳溝閉塞(脳表シデローシス)の双方ををもたらす。
③ 脳溝狭窄と脳溝閉塞は、脳髄液の脳溝への浸潤を妨げる。
④ 脳溝でアースが不十分になり脳が帯電する
⑤ 帯電が過剰になると放電が起こる
⑥ 放電ショックが脳神経を伝わり脳に広がる
⑦ 意識や身体に発作が起きる

これを図にすると下のようになる。

赤枠の中が「てんかん特有の共通事象」である。⑤脳内放電や、⑥脳内神経伝播は、共通事象として従来から知られていた。本稿で新たに加えられた共通事象は、②脳溝狭窄/脳溝閉塞、③脳髄液浸潤不全、④脳の帯電、の3つである。
てんかんのキッカケとなる事象は、③の、脳髄液が脳溝に浸潤しにくくなることである。そしてそれは、②の脳溝狭窄または脳溝閉塞によって生じる。脳溝閉塞とは筆者の造語で、脳表シデローシスのことである。脳表シデローシスは鉄分量に由来する名称だが、てんかんを引き起こすのは鉄分量ではなく、脳溝が血液で物理的に塞がれることだと考えられるから、ここでは脳溝閉塞という新しい語にした。
脳溝狭窄は、①の、脳の成長、先天異常、脳の老化、脳の病気、脳のケガ、のどれでも起きる。脳の病気には精神的ショックも含まれる。
脳溝狭窄の状態は持続するが、脳の形状は常に変化するので、狭窄の度合いはときどき変化し、脳の成長によって狭窄が解消される可能性もある。乳幼児の特発性てんかんが、成長につれて自然治癒することがあるのは、そのためである。
脳溝閉塞は脳内での出血によるもので、主として脳の老化、脳の病気、脳のケガ、などで起きる。閉塞した状態は、若いうちは解消できることもあるが、高齢者では解消しにくいと思われる。
◆てんかんの起こり方
脳溝の様子を図示すると下図のようになる。

脳溝が正常の部分(左)では、余った電気(電荷)は脳髄液によって除去されるが、脳溝が狭窄したり(中央)塞がれたり(右)して、脳髄液が浸潤しにくい部分では電荷がたまる。
脳溝は、脳神経細胞の数を増やすために発生したものであり、高等動物ほど多く、深く、なっている。脳溝には両サイドに面があるから、脳神経細胞の密度は脳回部分の2倍あり、脳回部分よりも電気信号が密になっている。脳溝が狭窄したり閉塞したりして、そこに脳髄液が浸潤しなくなると、余った電荷が除去できず帯電する。帯電して電位が上昇すると放電が起こる。放電は電気現象だから、落雷のように一瞬だが、その放電ショックが周囲に広がって、発作に至る。これがてんかんのメカニズムである。発作の軽重や起こり方は、どこでどのくらいの放電が起きるか、放電ショックが脳内でどのくらいの範囲に広がるかによる。
◆てんかんは「脳帯電」である
てんかんは、直接的には脳内での放電によって起きる。しかし放電は帯電とセットになっていて、帯電しなければ放電は起こらないし、帯電すれば放電は止められない。すなわち、てんかんの中核は、脳放電ではなく、脳帯電である。
ところで、てんかんの本人や家族から、てんかんという名称は偏見を招くので改めてほしい、という切実な声が、かねてから上がっている。山口大学医学部は、てんかんという名称について下記のように説明している。


英語名のEpilepsyは「取り憑かれた」という意味で、日本語の癲(てん)は「気が違う」と言う意味だという。山口大学は「古くから誤った認識が持たれている」と言うが、そうではない。古くは知識が足りず、仕方がなかったのである。しかし現代では、てんかんが「気が違う」疾患ではないことは明らかだから、事実誤認で、かつ非科学的な名称はやめて、正しい名称に改めるべきである。てんかんも、「発作時DC電位の上昇」という新事実が確認されたのだから、新名称を「脳帯電」としてはどうか。「脳梗塞」「脳出血」「脳腫瘍」そして「脳帯電」と、事実に即した科学的な名称にすれば、本人や家族の過大な怖れや嘆きは消え、社会の偏見もやわらぐだろう。英語なら brain electrification となる。

てんかん新論  了

動画解説